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書籍「特許翻訳の基礎と応用」の評価

書籍

以前から、Amazonの「オススメの書籍」などで表示される「特許翻訳の基礎と応用(倉増一)」という本を、先月買いました。

 

この著者は、自身が特許翻訳会社を経営されていて、月刊パテントに投稿もされているようで(インターネットで検索していると、PDFファイルがヒットします)、以前からこの本も気になっていたのですが、評価が二つに分かれているので、買うのに躊躇していました。

 

結局買って、まだ全ては読めていないのですが、読んでみた印象としては「役立つ内容も多いが、理想論を語りすぎているきらいがある」というものです。

 

今回は、この本のレビューを簡単にしておきたいと思います。

 

「特許翻訳~」の良い点

あくまで、ざっと読んでみての印象にはなりますが、英訳の参考になる表現が所々見られるのと、個人的に英訳時に気になっていた訳出法などについて、すっきりとまとめられている部分があって、そう言った点は今後の仕事に役立てることができそう、という印象を持ちました。

 

「特許翻訳~」の気になった点

で、「良い点」をすごく簡潔にまとめてこちらに移るわけですが(笑)、参考になる部分以上に、「それは、翻訳者の仕事としてはやりすぎじゃないか?」と思う点が多々ありました。

 

一番多いのは、クレームのパラフレーズを大胆にしすぎていることであったり、原文に書かれている内容をごっそり取り除いてしまった訳例を載せていたり………、という点ですね。

 

この本では、様々な英訳例が載っていて、日本語原文から英語への訳出例が掲載されているのですが、日本語の冗長な表現を簡潔にする、という名目で、「ちょっとこれは、原文とは違う訳になっているのではないか」と思う部分が散見されました。

 

例えば、「を保護するための保護膜」という構成要素が原文のクレームにあるときに、訳例では単に「a protective film」と書かれて(「for protecting」が書かれていない)いて、訳例の後の注意書きで

保護膜は、保護するためのものであり役割が自明であるため、「保護するための」は不要

といったようなことが書かれているんですが、この訳出とコメントが許容範囲なのかどうかは、受け手によって変わってしまうのではないか、という印象を持ちました。

 

他にも、この本を通して、こういう「大胆な訳出」が多いんですよね。

 

加えて、いわゆる「日日翻訳」の方法も書かれているのですが、半導体の明細書の例で

「Aの上にBが形成され、Bの上にCが形成され、Cの上にDが形成され…、半導体装置」

のようなクレームがあるときに、

「Aと、Aの上にあるBと、Bの上にあるCと、Cの上にあるDと、を含む半導体装置」

のようにクレームをリライトして訳すべき、というようなことも書かれてあります。

 

この言いぐさは、分かると言えば分かるのですが、そもそも外国出願を見据えてクレームを起草するのは、翻訳者の仕事ではないでしょうし、「元となる原文以上に良い訳はできない」とも言われるように、こういう書き直しをして英訳をすることが、翻訳者に求められることなのか?ということは、正直疑問に思いました。

 

もちろん、これも加減の問題だとは思いますが、本書を読む限りだと、「ちょっとそれは、翻訳者の役務を超えているんじゃないか?」と受け取られる内容が多い印象でした。

 

 

「日本語の表現は冗長かつ訳文が長くなるので、ここまで簡潔にまとめるのが望ましい」といったことも多く書かれているのですが、そういう訳をしても、合わせてコメントも多く書かないといけないでしょうし、何よりも、僕も日英翻訳のチェッカーの仕事を時々受けますが、時間の無い中で訳出をチェックしていると、この本で書かれているような「大胆な訳」を見ると、初見だと「訳抜け」と受け取ってしまうこともあって、実務的な視点では、あまり参考にしないほうがいいんじゃないか、というのが率直的な印象でした。

 

 

加えて、訳例に使われている英文に、明らかに初歩的な文法やスペルミスが散見されて、これも実務上の経験ですが、「熟れた訳出」を意識しているのに、目に見えるミスが見つかることもよくあるので、まあこれは校閲の問題だとは思うのですが、勿体ないところで本の評価を下げているな、と、正直思いました。

 

全体的な印象

この本に書かれていることは、この著者が経営されている会社に応募をするのであれば、実践できるに越したことはないと思いますが、他の多くの会社と取引をしていくことを考えると、むしろ足かせになってしまうのではないか?といった内容も多いように感じました。

 

要は、参考になる部分とならない部分がある、ということなんですが、その判断をこちらでしないといけない、かつ、相手側がどう思うのかも相手次第、というような内容で、読み手に力量が求められる本だ、と言えるでしょう。

 

 

個人的には、この本に書かれている大胆な訳出は、翻訳のときに同じようなことは考えても、実務上は安パイを置きに行って、少し冗長になるかもしれませんが確実に丁寧に訳すことを優先すると思います。

 

 

まあ、この本に書かれていることを実践できて、相応の単価を払ってもらえるのであれば話は別ですが、実際どうなんでしょうか………という話ですね。

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