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翻訳メモリに潜む誤訳リスク― 特許翻訳における責任と、翻訳者・翻訳会社が取るべき姿勢 ―

オピニオン

はじめに

※本記事は、筆者の経験を基にした一般的な注意喚起です。
特定の企業や案件を批判する意図はなく、翻訳業界全体への啓発を目的としています。


翻訳メモリ(TM)は、効率化とコスト削減を実現する便利なツールとして、翻訳業界で広く活用されています。
しかし、その運用において**「誤訳のリスク」**が軽視されているケースが少なくありません。

特に特許翻訳の分野では、誤訳が後々深刻な問題へと発展する可能性があります。
今回は、翻訳者と翻訳会社の双方に向けて、誤訳リスクと向き合うための視点を共有したいと思います。


1.誤訳修正は「簡単に済む話」ではない

翻訳メモリに誤訳や訳抜けが含まれている場合、
「あとで気づいたら直せばいい」と考えるのは非常に危険です。

特に特許翻訳においては、誤訳が生じた場合でも、
後から自由に訂正できるわけではないという法的制約があります。


■ 特許翻訳における訂正の限界

外国語出願に基づく特許翻訳文の訂正は、原文の内容を超えてはならないという原則が存在します。
このため、翻訳ミスによって特許請求の範囲が不適切に狭まった場合、
たとえ誤訳であっても訂正が認められず、権利範囲がそのまま確定してしまうリスクがあります。

(参考:イノベンティア法律事務所「特許翻訳文の訂正における限界」
https://innoventier.com/archives/2016/09/1937)

つまり、翻訳時点でのミスが、
企業にとって取り返しのつかない損害に直結する場合があるのです。

この現実を踏まえると、翻訳メモリに潜む誤訳を放置することが、
いかに重大なリスクを孕んでいるかが理解いただけるでしょう。


2.翻訳者が持つべきプロ意識

翻訳者として大切なのは、
単に指示通りに作業を進めるのではなく、品質リスクを常に意識する姿勢です。

  • 事前確認の徹底
     翻訳メモリ案件では、誤訳が発見された場合の対応方針を必ず確認し、
     不当な無償修正を求められないようにすることが重要です。

  • 特例対応は線引きを明確に
     関係性を重視して柔軟に対応する場合も、「今回限り」と伝えることで、
     不要な前例を作らない工夫が求められます。

  • 品質への気づきを共有する
     責任範囲外であっても、重大な誤訳に気づいた際は、
     翻訳会社へ建設的にフィードバックすることで、結果的に自らの信用も守ることができます。

翻訳者は「成果物の品質に責任を持つプロフェッショナル」であるべきです。


3.翻訳会社が担うべき責任

翻訳会社に求められるのは、単なるコスト管理ではなく、
クライアントの信頼を守る品質管理者としての自覚です。

  • 翻訳メモリの定期チェック
     一度作成したTMを放置するのではなく、誤訳や用語の揺れを定期的に見直す体制を構築する。

  • クライアントへのリスク説明
     品質リスクが存在する場合には、隠さずクライアントと共有し、適切な対応策を提案することが長期的な信頼につながります。

  • 翻訳者との協力体制
     現場からの指摘を無視せず、改善の機会として前向きに取り入れる文化を育てることが重要です。

翻訳メモリを「効率化ツール」として使うなら、
同時に品質保証の仕組みもセットで考えるべきでしょう。


おわりに

翻訳ミスは、単なる「手直し」で済むこともあれば、
特許翻訳のように法的な制限により訂正不能となり、
企業に甚大な損害を与えることもあります。

だからこそ、翻訳者・翻訳会社の双方が、
誤訳リスクを軽視せず、責任の所在を明確にした運用を心がけることが不可欠です。

目先の効率やコスト削減に囚われず、
長期的な信頼と品質を守る姿勢こそが、プロフェッショナルとしての価値を高めるのではないでしょうか。

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