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特許翻訳で役立つ因数分解の考え方

オピニオン

このタイトルを見て、速攻で記事を閉じようと思った方もおられるかもしれないが、はじめに断っておくと、数学の話をするわけではないので、その点ご安心頂きたい。

 

といっても、因数分解が何たるかは一応話しておかないといけないので、簡単に触れておくと、数式で

X2+3x+2を、(x+2)(x+1)のように、

括弧でまとめる数学の考え方だ。

中学校一年の数学で習うはずなので、殆どの人が覚えているとは思うが、忘れてしまっている場合はご自身でネット上で復習して頂きたい。

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さて、この因数分解の力が、特許翻訳で役に立つと個人的に思っている。

 

といっても、最初に断ったとおり、数学の話ではない。そもそも、特許明細書の翻訳をしていて、数学的操作の「因数分解」を作業として行うことはほぼゼロである。

では、ここで私が言っている因数分解とは何なのか、といえば、「いろんな要素をまとめ上げる」という作業だ。

 

例として、このブログでも何度か登場している「官能基」を使ってみよう。

「マクマリー有機化学(上)」の裏表紙の反対面(巻末付録)には、以下のような官能基が構造と共に列挙されている。

アルケン
アルキン
アレーン
ハロゲン化物
アルコール
エーテル
一リン酸エステル
二リン酸エステル
アミン
イミン
ニトリル
チオール
スルフィド
ジスルフィド
スルホキシド
アルデヒド
ケトン
カルボン酸
エステル
アミド

これらの構造式は調べるなりこの本を買うなりしてご自身で調べて頂きたいのだが、問題なのは「これらの官能基をどうやって分類するか」である。

 

例えば、簡単な指標として「炭素原子があるかどうか」がある。
あるいは、他の元素(例えば硫黄原子、リン原子等)があるかどうか、というのも、指標の1つとなり得る。

他には、ある化合物に結合する際に、その官能基が求核性を示すのか求電子性を示すのか、という分け方もできよう。官能基の分子量が30以上なのか未満なのか、という分け方も考えられるし、官能基が付いた化合物の溶液が酸性なのか中性なのか塩基性なのか、という分け方もあろう。

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別に、これらの考え方に答えはないのだが、何が大事なのかといえば「どういう分け方ができるのか」というモノサシを幾つも持っておく、ということだ。

このモノサシを私は「因数」と呼んで、それらの因数で分けてみることを「因数分解」と言っているだけである。

 

この「因数分解」がなぜ大事なのかと言えば、特許明細書ではこのような「因数」がどんどん出てくるからだ。発明の詳細の説明の箇所では、その発明で使用するのに適切な化合物や官能基、塩、元素等が幾つも説明されている場合があるが、それらは、その発明の関係する何らかの「因数」で括られていて説明されているからだ。

 

といっても、何も私たちが翻訳時に「これらの具体例の因数は何か?」ということを考える必要な基本的にない。なぜなら、明細書内では必ず、それらの因数の共通部分が説明されているからだ。

(例えば、発明の実施に適しているのは酸性溶液であるとか、リン含有化合物であるとかの説明がどこかでされる。この「酸性溶液」や「リン含有」というのが共通因数で、その具体例が、なんたら化合物、なんたら化合物…という風に列挙されている)

 

したがって、翻訳時には文章を読んで、「ここで説明されているものの因数は○だな、次の説明での因数は■だな」ということを、追えることができればよい。(その際に、気になった因数については仕事の後にでも詳しく調べてみて、道理や原理をある程度理解すればよい)

 

と、ここまで書くと、「明細書で流れは追えるんだから、何も自分で複数の因数について詳しく勉強しておかなくてもいいんじゃ」という意見が出てきそうである。が、これでは個人的には不十分である、と思っている。

 

というのも、自分で翻訳をしている場合でも、翻訳時に何か勘違いをしていた場合に、見直しの際に「因数」を考え直すことで、ミスに気づくことができる可能性があるからだ。或いは、チェック案件で他人の訳文(あるいは勉強で公開訳文)を見ているときに、誤訳に気づくことができるかもしれない。

 

これは、具体例の単純な羅列の場合は起こる可能性は低いと思うが、例えば「及び」「並びに」の使い分けを間違えて訳出をした際に、正しい「因数」を考えて修正する必要が出てくる。例えば、一番上層の概念は金属と半金属の概念だな、とか、そういう整理の際に「因数で括り出す」作業が役に立つ場合が多い。

(これはなかなか個別例を出すのが難しいので、同業者の方には経験としてご理解頂きたいところなのであるが…)

 

そして、自分又は他人の間違いを見つけた際に、因数を洗い出すことで「なぜ間違ったのか」ということを考える取っかかりにもなる。恐らく過去の自分(や他人)は、こういう因数で括りだしてしまったのだな、と、ある程度筋道を立てて考えることは可能だ。(その後で、「その因数での括り出しは不適切/誤解していた」ということに気づくこともできる)

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正直、こういう抽象的な話をつぶさに理解するのは、簡単なことではいと思っている。しかし、この手の作業は私が仕事を行う時に実際にやっていることだし、この仕事の一番の価値は、このような「泥臭く考えること」にあると思っている。要するに、こういう「ぱっとは分からないこと」こそが、エッセンスであると思っているわけである。

 

なので、かようなことをどのように文章化するのが良いかはまだまだ試行錯誤の段階なのだが、「分かりやすいところに答えはない」ということを感じて頂ければ、この上なく私としては嬉しいのだ。

 

今回説明した「因数分解」は、他の思考訓練でも役立つし、応用範囲が広いと思っている。なので、特許翻訳を生業にしていない人でも、普段からこのように頭を使うことに是非取り組んで頂ければと思う。

(例えば、ヨーロッパの国を適当に15個くらい挙げて、「人口が○万人以上/未満」「面積が日本以上/未満」「通貨がユーロかそうでないか」などの「因数」を考えて「分解」してみる、なんてことは手っ取り早く行えるであろう)

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