日本ポリグル「水の浄化方法」についての特許を読む

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今回は、日本ポリグル株式会社の「水の浄化方法」についての特許を読んでいきたい。

日本ポリグル株式会社は、海外(発展途上国)での水質浄化ビジネスに取り組んでおり、それ関連での特許がいくつかヒットする。水質浄化にはどのような技術思想が使われているのか、1件の明細書からエッセンスを抽出していきたい。

 

なお、今回使用する特許は、公開番号が「特開2004-174326」、出願人が日本ポリグルで、発明の名称が「水の浄化方法」である。興味があるかたは特許庁データベースからも検索してPDFデータを入手して頂きたい。

 

要約部分の課題と解決手段を読む

まずは例によって、特許の1ページ目の要約部分から読んでいきたい。

【課題】微細な懸濁成分を凝集沈殿できると同時に、金属系凝集剤に起因する金属イオンも同時に除去できる水の浄化方法を開発する。

どうやら、水の中にある汚物(=懸濁成分)を凝集させて沈殿することで、水と汚物を分離させる、というのが1点と、凝集をさせるのに金属凝集剤を使うようだが、そこで生じる金属イオンも取り除くことができる、という2点が、この特許が解決する課題のようである。

凝集の原理

凝集とは、水中で分散している懸濁成分を何らかの方法で集めて、より大きな塊とすることだ。分散は牛乳などでも使われている原理だが、分散させたい物質の表面に、電荷(例えば+)を持った物質を付けることで、物質同士が同じ電子で反発し合う(磁石のN極どうしが反発しあうようなもの)ことにより、水中で分散している。他には、界面活性剤を使って物質の疎水性と親水性をコントロールする方法もあって、主にこれら2つの原理が使われる。

詳細は雑科学ノート:微粒子分散系の話にて。

 

そのため、水中で分散している物質を凝集させるには、分散している物質の電荷をなくす(電気的反発を抑える)か、界面活性剤を取り除けば解決できそうだ、ということがある程度推定される。

 

続いて、明細書の解決手段の部分を見てみよう。

【解決手段】本発明に係る水の浄化方法は、被処理水に添加される金属系凝集剤濃度がM(mg/l)であるとき、その水にポリアミノ酸又はポリアミノ酸塩の放射線架橋体を投入し、その放射線架橋体濃度mを0<m≦M/2(mg/l)になるように調節して、水中の残留金属イオン濃度を低減させる水の浄化方法である。放射線架橋体と金属系凝集剤は水中の懸濁物質(COD成分、BOD成分、SS成分など)を高効率に凝集沈殿でき、しかも放射線架橋体は水中に残留する金属イオンを捕獲する性質を有するから、残留金属イオンを急減できる。またポリアミノ酸類は食品であるから安全性が高く、放射線架橋体の添加量は金属系凝集剤の1/2以下でよいから浄化コストも低減できる。

この特許では、物質を凝集させるために金属凝集剤を使うのに加えて、ポリアミン酸(塩)の放射線架橋剤を使って、金属凝集剤由来の金属イオンも同時に取り除くようにするらしい。

 

金属というと、かつて日本四大公害での水俣病やイタイイタイ病等が起こったように、水銀やカドミウム等、金属の種類によっては人体に大変有害なものもある。この特許で用いられる金属凝集剤に何が使われているかは、ここを読むだけでは分からないが、恐らく人体にある程度有害な金属が使われているのではないか、と推定することはできる。

 

今度は請求項を読んでみる

続いて、今回は請求項が7つしかなく、それぞれ短いので全て読んでみよう。

【請求項1】金属系凝集剤を水に投入して汚濁物質を凝集分離する水の浄化方法において、水中における金属系凝集剤の濃度をM(mg/l)としたとき、その水にポリアミノ酸又はポリアミノ酸塩の放射線架橋体を投入し、その放射線架橋体濃度mを0<m≦M/2(mg/l)になるように調節して、水中の残留金属イオン濃度を低減させることを特徴とする水の浄化方法。

まず独立請求項の請求項1だが、ここでは、金属凝集剤とポリアミノ酸(塩)を一定の濃度で用いる水の浄化方法についての記載となっている。どうやら、ここで具体的な数値範囲を指定するのが大事なようである。

【請求項2】金属系凝集剤を水に投入して汚濁物質を凝集分離する水の浄化方法において、金属系凝集剤の濃度Mが0<M≦40(mg/l)であるとき、その水にポリアミノ酸又はポリアミノ酸塩の放射線架橋体を投入し、その放射線架橋体濃度mを0<m≦M/2(mg/l)になるように調節して、水中の残留金属イオン濃度を低減させることを特徴とする水の浄化方法。

この明細書では、請求項2も独立請求項のようである。請求項1と一見違いが分かりづらいが、請求項1では「水中における金属系凝集剤の濃度をM(mg/l)としたとき、」となっているのが、ここでは「金属系凝集剤の濃度Mが0<M≦40(mg/l)であるとき、」となっている。請求項1では、単に金属凝集剤とポリアミノ酸の濃度比が問題となっていただけなのに対し、請求項2では金属凝集剤の濃度の範囲がより狭まっている。

【請求項3】前記放射線架橋体の濃度mが0<m≦M/4(mg/l)になるように調節される請求項1又は2に記載の水の浄化方法。

請求項3は、請求項1、2を受けた従属請求項で、放射線架橋体の濃度の範囲が変わっている。

【請求項4】前記ポリアミノ酸がγ―ポリグルタミン酸であり、前記ポリアミノ酸塩がγ―ポリグルタミン酸塩である請求項1、2又は3に記載の水の浄化方法。

請求項4では、ポリアミノ酸の種類を具体的に狭めている。

【請求項5】前記γ―ポリグルタミン酸又はγ―ポリグルタミン酸塩の放射線架橋体は、分子量が1000万以上の放射線架橋体を主成分とする請求項4に記載の水の浄化方法。

請求項5では、請求項4を受けて、架橋体の分子量に制限を設けている。

【請求項6】前記γ―ポリグルタミン酸又はγ―ポリグルタミン酸塩は、γ―ポリグルタミン酸生産菌により生産されたγ―ポリグルタミン酸又はγ―ポリグルタミン酸塩である請求項4に記載の水の浄化方法。

請求項6も、請求項4を受けた従属請求項で、ここではγ-ポリグルタミン酸(塩)の原料が問題となっている。

【請求項7】前記γ―ポリグルタミン酸又はγ―ポリグルタミン酸塩の放射線架橋体は、γ―ポリグルタミン酸生産菌を培養して得られる培養物に放射線照射を施した放射線架橋体である請求項4に記載の水の浄化方法。

請求項7も請求項4を受けており、ここでは、指定した原料に特定の処理を施すことを明記して、請求の範囲を限定している。

 

どうやら、この特許では凝集剤とポリアミノ酸(塩)の濃度比や、具体的な濃度の値、放射線架橋体の分子量、ポリアミノ酸(塩)の原料や処理方法を請求の範囲として権利保護しているようだ。

 

発明の属する技術分野を読む

本発明は、河川水・湖沼水・地下水・雨水・食品加工水・池水・堀水などからなる原水や産業廃水や下水等の水の浄化方法に関し、更に詳細には、例えば上水道処理場などにおいて被処理水に金属系凝集剤を添加して汚濁物質を凝集分離させる場合に、金属系凝集剤に主として起因する上澄み水中の残留金属イオン濃度を極力低減させることにより、健康に害が無く環境に優しい清澄な水を製造する水の浄化方法に関する。

金属が成分となっている凝集剤を使うのだが、凝集した汚物を取り除いた後で金属が水中に残ってしまうと問題となるようだ。

 

この明細書でテーマとなっているのは「金属凝集剤を使った凝集」と「ポリアミノ酸(塩)による金属イオン濃度の減少」なので、ここからはこれらについて書かれた部分をピックアップしていきたい。

 

金属イオンを使った懸濁物の凝集

【0007】アルミニウム化合物や鉄化合物は水に溶解してイオン化し、アルミニウムイオンや鉄イオンのような金属イオンが生成される。これらの金属イオンはカチオンであるから、負に帯電した懸濁物質と結合してその電荷を電気的に中和し、中性化した懸濁物質は相互に凝集してフロック化し、これらのフロックが大きくなると沈殿して、上澄み水と分離する。

アルミニウムや鉄の例が出ているが、これらはイオンとなるとAl3+、Fe2+のように、正電荷を持ったイオンとなる。そのため、水中に懸濁している物質がマイナスの電荷を持っていれば、プラスとマイナスで引きつけ合って凝集が起こる、というのは、イメージしやすいのではないだろうか。

「フロック」とは

ここで登場した「フロック」という言葉は、以下のページ等を参照すると「活性汚泥」のことらしい。

環境の大学:下水処理

 

【0008】しかし、この金属系凝集剤の通常添加量では水質により凝集効率が悪くなることがあり、上澄み水の純度を上げるために、金属系凝集剤の添加量を増やしたり、複数の金属系凝集剤を複合的に添加する処理が行われている。

【0009】この金属系凝集剤の添加でも不十分な場合には、アニオン系高分子凝集剤を添加する方法も考えられる。この高分子凝集剤を添加すると、架橋による2次凝集が起こり、一段と大きなフロックを形成して、透明度の高い上澄み水を得ることが可能になる。しかし、高分子凝集剤の一部には毒性があることが知られており、日本では上水道処理に使用することは禁止されている。

金属凝集剤だけで効果が不十分な場合には、アニオン(電荷がマイナス)高分子凝集剤を使うこともあるようだ。これにより、【0007】でできたフロックを更に凝集させてより大きなものにすることで、汚物を取り除くことができる、とのことである。

 

なお、【0007】で使われる凝集は、電荷の打ち消しあいによるものだが、【0009】で使われる凝集は架橋を用いている点で、原理が違うことを押さえておきたい。

参考:

一般的な凝集プロセス

汚水処理の凝集沈殿の原理

 

ただ、日本では高分子凝集剤は有毒性の観点から使えないということが問題のようである。

また、明細書を読んでいくと

【0012】上水道の金属系凝集剤として硫酸バンド(硫酸アルミニウム)が多用されている。このことは、アルミニウムイオンが水道水に残留し、アルミニウムイオンの体内蓄積を引き起こす。また、アルミニウムイオンが環境中の生物に吸収される事態も生じる。

とのことで、ここで問題となっているのは重金属ではなくアルミニウムのようである。

 

この発明の新規性

ここまで読み進めると、ある程度この発明の新規性はどのあたりなのかが分かってくる。

まずは、金属凝集剤を使って汚物を沈殿させた上で、ポリアミノ酸(塩)架橋体を、日本では使えない高分子凝集剤の代わりに使うことで、従来の課題を解決できるのではないか、ということだ。

実際に明細書を読み進めてみると、

【課題を解決するための手段】本発明は上記課題を解決するために為されたものであり、第1の発明は、金属系凝集剤を水に投入して汚濁物質を凝集分離する水の浄化方法において、水中における金属系凝集剤の濃度をM(mg/l)としたとき、その水にポリアミノ酸又はポリアミノ酸塩の放射線架橋体を投入し、その放射線架橋体濃度mを0<m≦M/2(mg/l)になるように調節して、被処理水中に残留する金属イオンの溶存濃度を低減させる水の浄化方法である。(中略)しかもポリアミノ酸又はポリアミノ酸塩の放射線架橋体は金属系凝集剤に主として起因する過剰な金属イオンを吸着して捕獲する新規な性質を有している。(中略)しかもポリアミノ酸又はポリアミノ酸塩は食品であるから安全性が極めて高いことが特徴である。(中略)この範囲内において、金属系凝集剤と放射線架橋体を併用することによって、両凝集剤により懸濁物質を効率的に凝集沈殿させるだけでなく、上澄み液中に残留する金属イオンの濃度を低減させることが可能になる。この方法では、金属系凝集剤の添加濃度Mに制限がないから、飲料用原水などを浄化する場合には添加濃度Mを小さく適切に調節し、産業用廃水や下水などを対象とする場合には添加濃度を大きく調節して、水中の懸濁成分を確実に凝集沈殿させると同時に、しかも上澄み水に残留する金属イオン濃度を確実に低減させて、生物や環境の保全に貢献することができる。

となっている。ポリアミノ酸(塩)は人体に無害である、というのも大きなメリットのようである。

 

この特許で使われた技術思想

この特許では、金属イオンが水中のアニオンと結合して凝集するという話と、架橋体を使って残った金属イオンを吸着させる、という話だった。

なお、吸着については述べられていなかったが、分子が別のものの表面にくっつくイメージをして頂ければ分かりやすいのではないだろうか。脱臭用の炭素繊維(いわゆる活性炭)も、この吸着の原理を用いて臭いの原因を取り除いている。

 

以外と素朴な原理が使われているが、イオンの結合による凝集や吸着の原理を元に、他の分野の明細書を調べることも可能であるし、この明細書では、ここでは扱っていないがアミノ酸の話ももう少し詳しく出てくるため、そこを調べて食品や生化学系の分野にも展開できると思う。

 

今回は図面の引用ができなかったが、是非実際の明細書を読みながら、使われている技術思想や原理を紐解いて、別の明細書へのアプローチへの手がかりも探って頂ければと思う。

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