特許翻訳で、翻訳会社ではなく、特許事務所と仕事をするにはどうしたらいいか………ということは以前から考えていましたが、自分の経験を踏まえると、こちらのブログに書かれていることがほぼ唯一の、そして一番手堅い方法だと思います。
自分がこの方法を取ったことがない(というか取れなかった、知らなかった)というのもありますが、特許翻訳で身を立てる、長期にわたって仕事を続ける、というのであれば、特許事務所の正所員(あるいは契約社員)として、特許翻訳(恐らく、多いのは日英、つまり内外案件)スタッフとして、所長さんらから実務を教えてもらいながら、どこかのタイミングで独立し、所内で対応していた仕事を事務所から業務委託で請ける、というのが、一番現実的じゃないかと思っています。
理由としては第一に、自分の経験からくる話ですが、事務所の求人情報に掲載されている「特許翻訳・業務委託」という業種に応募した回数は計り知れないですが、まず(自分の実力では)書類審査を通ることができない、というのがありました。
これはバックグラウンド(文系学部卒)というのもありますが、恐らく、事務所で対応する翻訳というのは、明細書の翻訳だけでなく、中間処理も含まれているから、というのが大きいと思います。
要するに、「国内企業が海外でもきちんと権利を取れる、強い明細書を作る」という着地点を見据えた上で、その過程に「翻訳」という業務フローが存在する、ということですね。
そしてこの経験は恐らく、事務所の中で揉まれながらでないと身につかないと思います。
私はほぼ、翻訳会社から仕事を請けていますが、明細書を訳して終わり、というのが99%以上で、これまで、自分が担当した案件の中間対応の翻訳はしたことがありませんので。
というわけで、所内翻訳者として、「どういう風に翻訳をするのか」ということに加えて、「どういう風に翻訳をすれば、出願先(多くはアメリカだと思いますが)でもきちんと権利が取れる明細書になるのか」ということまで、仕事を通して学べる環境で仕事を始める、というのが、特許事務所と直取引で翻訳の仕事をするための一番の近道で、確度の高い方法だと思います。
ただこの方法の問題としては、そもそも上手く独立できるのか、ということがありますね。ずっと所内翻訳者として過ごす、という可能性もなきにしもあらずではないでしょうか。上で紹介したブログでも、なんらかのストーリーがあって独立せざるを得ない…という流れが理想的と書かれていますが、恐らく、所内翻訳者としての仕事を続けた上で独立する、というのは、誰でも簡単にできるものではないと思います(このあたりは、自分が事務所で務めた経験もないので、なんとなくそう思っているだけに過ぎないかもしれませんが)。
まあ、上のブログでは「チート技」と表現されていますが、個人的にはこれはチートではなく、むしろ王道の方法かな、とすら、今は思っています。
こう思うに至ったのは、やはり弁理士試験の勉強を半年だけ本気でやってみた、というのが大きいように思います。特許翻訳という仕事が、知財実務(特許実務)の中でどのような役割を果たしているのか、という次元で役割や立ち位置を考えたときに、翻訳者として理想なのは、きちんとしたテクニカルライティングができることに加えて、ある程度、出願国に合わせて、拒絶理由通知を食らわないように明細書の記載を変ることができる(一応、弁理士業法に抵触する可能性があるので、実際にやらないにしても、そういう提案ができる、コメントが残せる)というレベルというのが、「事務所と直取引ができる」レベルにふさわしいのかな、と思っています。その上で、中間処理もきちんと対応できる、という話が当然付いてきます。
要は、「技術」「(各国の)法律」「英語」の3点セットを、この順番の重要度で揃えている、というのが、事務所と仕事ができる翻訳者のレベルではないかと思います。
そして、そのレベルに引っかかるためには、一番いいのはやはり、事務所に潜り込んで、実務を通してしごかれて鍛えられる、という話ですね。
ただ、これを別の視点から捉えると、住んでいる場所によっては、そういう環境が身近にないので潜り込むことができない、みたいな問題が出てくる可能性があります。独り身で身軽だったらいざしらず、子どもさんがいるとかだと、わざわざ東京や大阪に引っ越す、ということも簡単ではないと思います。
なので、人によっては、別に「直取引をする」ということが必ずしも正解にはならないと思いますね。実際私は、翻訳会社からほぼ外内の明細書翻訳だけを請けて対応していますが、8年も続けていると、ある程度技術分野の理解も進み、メモリや用語集の登録数も膨大になって、処理ワード数も数年前の2倍弱くらいにはなって(これは分野にもよりますが)、少しの単価の差は気にならないくらいの稼ぎをたたき出せるようにはなりました。
というわけで、特許翻訳でいい仕事ができるレベルになりたい、と考えておられる方は、一番いいのは、どこかいい事務所でみっちり鍛えてもらう、というのが最短ルートだと思います。
ただ、これで言うと、恐らく弁理士資格を取ったほうがいい、みたいな話にはなってくるかもしれません。資格を取るまではいかなくても、日本の特許法とPCT(19条補正と34条補正とか)、あとは米国特許法のある程度の読解と理解は必要になりますし、重要判例も自然とある程度知っている、みたいな状態になると思うので。
まあ逆に言えば、ここまでのレベルには到達できなくとも、特許翻訳で食うに困らない稼ぎは得られると思いますし、どういうスタンスで仕事と関わり続けたいか、という話にはなってくるのかなと思います。
というより、特許法の勉強もしたことがない翻訳者が「事務所と直取引」なんてこと言っていると噴飯物なので、そこはきちんと1回でもいいので、弁理士試験の短答の勉強はしたほうがいいかもしれません。ほんと、(昔の自分もそうですが)何も知らないのにこんなこと口にできないな、って思いますよ。
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