溶質・溶媒・溶液と特許明細書

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今回は、溶液の話をしてみたい。
我々の身近なところで、溶液と言って真っ先に思い浮かぶのは

食塩水

ではなかろうか。
(もちろん、別のものを想像することもあろう)
そして、この「食塩水」の成分を分けてみると、以下のように分類できる。

①食塩(塩化ナトリウム、NaCl)…溶質(溶けている物質。気体、液体、固体のいずれか)

②水(H2O)…溶媒(溶質を溶かしている液体)

③食塩水そのもの…溶液(溶質+溶媒)
この分類は、中学校の理科の時間にでも習うので、
殆どの人は、一度は耳にしたことがあるはずだ。
そして、特許明細書においても当然のごとく、溶液は使われる。

例えば、ポリマーを生成するのにモノマーを液体に溶かして、重合開始剤を用いて重合をさせる場合。

あるいは、新規薬剤を作るための合成プロセスにおいて、溶媒と溶質をフラスコ内で化合して、溶液を作る場合。

等々。
問題は、時々「溶質・溶媒・溶液」を取り違えた表現が出てくる、ということだ。

正確に言えば、技術者は「溶液」のつもりで捉えているのに、「溶質」の表現になっていることがある、ということだ。
実際に特許明細書を見てみると、「塩化ナトリウム水溶液(=食塩水)」」については、以下のような表現が使われている。
The invention relates to a method for separating high-concentration K2Cr2O7 from a saturated NaCl aqueous solution by using strong-base anion exchange fibers

Saturated NaCI solution electrolysis experiment device
普通、英語で「溶液(溶質+溶媒)」を示す場合、

XXXX solutionだとか、XXXX aqueous solution(水溶液)、という表現となり、XXXXが溶質を、solutionが溶媒を示して、結果的に全体で「●●溶液」となるのだ。

これに、例えば「飽和」を示すsaturatedが付いたり、「濃縮」を示すconcentratedが付く(つまり、濃硫酸とか濃塩酸とか、を示すときに使われる)場合もある。
しかし時々、この”(aqueous) solution”の部分が欠落していて、珍妙な表現となっている場合があるのだ。
例えば上の例で言うと、

“saturated NaCl”だけとなっている場合。

恐らく、技術者は「飽和塩化ナトリウム水溶液」を添加するなり攪拌するなり加熱したり、ということを言いたいのであろうが、”saturated NaCl”だけでは、字面では「飽和塩化ナトリウム」となってしまう。

この「溶媒の欠落」は経験上、concentratedかsaturatedの「枕詞」が用いられるときに、生じることが殆どのようである。即ち、単にNaCl solutionとかNaOH solution、という風に用いられる時にはほぼ起こらないのだが、saturated NaCl aqueous solutionと言いたいときにsaturated NaClとなってしまう、ということである。
この手の「端折り」が、合成スキームの実施例では散見される。

saturated NH4Cl (=飽和塩化アンモニウム水溶液)

saturated NaSO4 (=飽和硫酸ナトリウム水溶液)

concentrated HCl (=濃塩酸。塩酸=hydrochloric acidであるが、明細書ではHCl aqueous solution、すなわち塩化水素の水溶液(=塩酸)、という表現で表されることも多いようである)
とにかく、思っていたよりも頻繁に用いられているようなので、これは半ば慣例で用いられている、と考えるほうが妥当なのかもしれない。

なお、このような表現に出くわした場合、基本的には原文まま「飽和NH4Cl」と訳して、「水溶液のことを指していると考えられますが…」と申し送り事項に記載するようにしている。

この場合に、PCT出願の

・誤記は誤記のまま訳す
・補足は軽微な場合に限り行う

のルールをどう当てはめるか、というのは難しい問題で、会社によっても判断や解釈が微妙に異なるであろう。

そのため、こちらとしては最初に、原文ままの訳文生成で対応し、仕事を通して先方からの要望があれば、「飽和塩化アンモニウム溶液」と訳すようにする、という風にするし、特に指摘が無ければ、今後も同様に逐語訳+コメント、という対応をするようにしている。
この辺りは、各社の方針、そして翻訳者の裁量の兼ね合いで決まる「生もの」なので、一般論としてどうこう、ということはあまりできないのであるが…

ただ実際問題、原文が間違っているのに、それをそのまま訳してコメントを付けないといけない、というのは、「間違ったものをそのままはき出す」というプロセスを実際にやることに変わりないので、個人的には脳内に違和感が残ってしまう。

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