化学・バイオ系明細書での「は」と「が」の使い分けについての考察

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今回の記事は試案を兼ねたものなので、明確な結論を出すまでには至らない可能性もあるのですが、以前から気になっている、特許明細書における「は」と「が」の違いについて、現時点での考えをまとめておきたいな、と思いまして。

そもそも、「は」と「が」の違いを説明するのは、日本語が母語の日本人には難しいと思います。が、義務教育の国語の授業で習う分には、

「は」は「主題」を表し、

「が」は「主語」を表す。

というものです。

この説明だと「?」ということも多いかと思いますが、文法的には、「は」は係助詞(かかりじょし)で、「が」は「格助詞」になります。

 

が、こういう説明でも分からないと思うんですよね。

 

そこで、よく用いられる例が

「は」は「既出」のものに対して、「が」は「初出」のものに対して

というもの。

 

昔話の桃太郎なんかがそうで、


「昔々、あるところにお爺さんとお婆さん住んでいました。お爺さん山に芝刈りに、お婆さん川に洗濯に出かけました。」

 

という風に、この「は」と「が」を入れ替えることはできない、という説明がよく行われます(特許明細書の、このテーマで調べても、サイトなどでは必ずこの例が用いられていました)。

 

ただ、この「が」と「は」がそれぞれ、初出と既出を指す、というのも、完全な説明にはなりません。というのも、自己紹介をするときは、最初に必ず

「私誰々です」

と、初出であるにも限らず「は」を使うからです。

 

自己紹介で「私誰々です」という表現が適切になる場合は、誰かからの説明を受ける場合になりますよね。例えば「ご紹介にあずかりました、私誰々です」という風に。

 

でも、これだと、既に話題に上がっている自分(の名前)を受けて、格助詞の「が」を使っているわけですから、初出のものではないのに「が」を使っている、という反例が出てきてしまいます。

 

………思うんですが、そもそも特許明細書での「は」と「が」の違いを考えるのに、昔話や自己紹介といったケーススタディを持ち出すのが、あまり適切ではないのかな、と。

 

で、ここでは自分なりの「場合分け」を用いて、化学系・バイオ系の特許明細書(特に請求項)における、「は」と「が」の使い分けや違いについて、まとめておきたいと思います。

 

なお、日本語の語感は個人個人で違うので、以下の分類に違和感を覚える方もおられるかもしれません。その点は予めご了承ください。

 

①「は」と「が」の両方が使えるのではないか?という場合

例えば、以下のような例を考えてみます。

請求項1

化合物Aを投与することを含む、癌の治療方法。

請求項2

前記癌(は/が)、肺癌、腎癌、または膵癌から選択される、請求項1に記載の方法。

この、太字にした箇所。「は」と「が」、どちらを使うほうが自然でしょうか。あるいは、どちらでも問題ないと感じるでしょうか。

 

個人的な感覚ですが、これは「が」でも「は」でも、どちらでも問題ないと思います。

 

「桃太郎」の例を敷衍して考えるなら、「癌」というのは(「前記」が付いているように)、請求項1に出ているものを受けているわけですから「既出」になります。とすると、「おじいさんは山へ芝刈りにいった」のですから、「前記癌」という表現にするのがいいのかもしれません。

 

一方で、この「は」と「が」の(特許明細書に関する)問題についての解説を見ていると、

日本語明細書の従属請求項の主語につく助詞は「が」が正しい

という説もあるようなのですが(例えば、この特許事務所のホームページには、そのような考えが提唱されています)、そうだとすると、「桃太郎」の例から考えると、「が」は初出のものに用いるわけなので、「桃太郎」の例が間違っているか、独立請求項に記載されている初出の要素を受けているのに「が」を用いることが間違っているか、のどちらかになるような気もするのですが、恐らく、こういうケースに関していうと、どちらでも問題ないと言って構わないのではないか、と思います。

 

というより、上にも書いたように「は」は係助詞、「が」は格助詞なので、「は」を用いる場合、この助詞の前に来る言葉が「主語」だとは、限らないのです。

 

上の従属請求項の例でいうと、

前記癌、肺癌、腎癌、または膵癌から選択される、請求項1に記載の方法。

だと、「癌」は主語になりますが、

前記癌、肺癌、腎癌、または膵癌から選択される、請求項1に記載の方法。

だと、「癌」は主語にはなりません。

 

(ここからは、あまりクレームドラフティングとは直接関係のない、思考実験のようなものなのですが)、「は」を用いる場合の従属請求項だと、以下のように(強引に)書き換えることが可能だと思います。

肺癌、腎癌、または膵癌前記癌である、請求項1に記載の方法。

こんな請求項の書き方は認められていないはずですが、こういう風に書くことで、“「初出」~である”というルール(?)には則ることができる、というわけです(この例において、「癌」は主語ではなく主題です)。

 

ただ、自分の語感に照らし合わせると、「ご紹介にあずかりました、私誰々です」という使い方を「が」ではできるので、この場合、従属請求項では「前記癌、…である、…」のほうが、少しだけより厳密な表現になるのかな、と思います。

 

②「は」を使うほうが自然な場合

次に考えたいのは、「は」を使うほうが自然な場合です。これは例えば、薬剤に使う化合物の構造式があって、その中の置換基や官能基を説明するときが当てはまると思います。

請求項1

式(I)で表される、癌治療用の化合物。

<構造式>

[式中、

R1C1~6アルキル、C1~6アリール、C1~6アルケニルからなる群から選択され、

R2、R3それぞれ、水素、C1~6アルキル、C1~6アリール、C1~6アルケニルからなる群からなる群から独立して選択される。]

 

この場合、上手く説明ができませんが、「桃太郎」理論で使われている「既出の“は”」を使うのがしっくりきます(構造式の中にあるR1などの官能基を受けて、説明が続いています)。

 

このときに、「式中、R1が…であり、R2、R3が…である」という日本語にすると、違和感があるかと思います。

 

③「が」のほうが自然な場合

ただし一方で、②で説明した請求項の従属請求項が以下のような場合は、話が変わってくると思います。

請求項2

R1C1~6アルキルであり、R2水素であり、R3C1~6アルケニルである、請求項1に記載の化合物。

 

これ、②と説明している内容はほぼ同じ(独立請求項よりも範囲を限定しているだけ)なんですけれど、この場合だと「は」を使うのは違和感がありませんか。

 

恐らくなんですが、独立請求項に記載されている範囲を、後の従属請求項で更に狭める場合は、「は」ではなく「が」を用いるのが自然だと思います。

一方で、①で挙げたような、独立請求項の例を具体的に列挙する場合は、「は」でも「が」でもどちらもでいいんじゃないかと思います。

 

例えば、

請求項1

化合物Aを投与することを含む、癌の治療方法。

請求項2

前記癌は(が)B、C、D、及びEから選択される、請求項1に記載の方法。

請求項3

前記癌がB及びCである、請求項1に記載の方法。

のように。

 

④「が」しか使えない場合、及び「は」しか使えない場合

これはおまけというか、副題のようなものなんですが、条件節では「が」しか使えず、それを受ける節では「は」しか使えないのではないか、と思います。

 

②で使った例をアレンジしてみると、

請求項3

R1がC1~6アルキルである場合、R2は水素であり、R3はC1~6アリールまたはC1~6アルケニルである、請求項1に記載の化合物。

これは、「R1がAという条件のときは、R2とR3はこれしかない」といった、条件節(~とき、~場合)を使っての組み合わせ限定を請求項でしている場合ですが、こういうとき、条件節では「が」しか使えず、それを受ける節では「は」を使うのが自然ではないかと思います。

 

まとめ

以上、やや足早となってしまいましたが、化学系・バイオ系の特許明細書での「は」と「が」の違いと使い分けについて、自分なりの考えをまとめてみました。

 

英日翻訳で、納品後のフィードバックにおいて、請求項の「は」が「が」に修正されている(あるいはその逆)場合がときどきあって、理由が分からなかったのですが、今回まとめた内容をとっかかりにして考えていくのは良いのではないか、と思います。

 

まあ、この使い分けについては、ものによっては個人の語感の差の問題に帰依する場合があるので、そういう場合は深く考えすぎなくても良いと思います。

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