特許明細書を訳す順序についての考察

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仕事では特許明細書をゼロから100まで訳しているが、時々質問を受けるのが「どこから訳すのがいいか」ということだ。

 

ご存じの通り、特許明細書は大まかに分けて
・明細書
・請求項
・要約書
の3つの書類からなっている(国際出願の場合)が、明細書の中にも図面の説明や背景技術、定義、実施例など、細かなカテゴリーが幾つも存在している。

 

そして時々問題になるのが、「どこから明細書を訳すか?」ということだ。普通に考えれば前から順番に訳していく、というのが良さそうに思えるが、特許明細書の場合は、例えば公開訳文を見てみると最初に請求項がかかれていて、いきなり請求項から訳すのは…という方もおられるかもしれない。

 

私の場合、「全体像を捉えるのに分かりやすい場所」から訳していく。殆どの場合は「背景技術」の箇所からであり、この部分が、従来の技術の課題から本発明の新規性へと話を展開していく部分なので、明細書(技術思想)の流れを理解するには一番負担が少ない、と私は思っている。

 

逆に言うと、請求項は表現の抽象度が高すぎるので、最初に訳すことは基本的に避けている。いきなり請求項を料理するのは、ピントが遠くて会っていないような感じになるので、私は避けている。

 

(一度だけ、最初の取引の際に「請求項だけ先にチェックしたい」という意向を受けた時があり、この際は、原文で内容を確認した後で、請求項だけを日本語に訳してまず納品した。それまでに他の箇所も日本語に訳せれば良いのだが、スケジュールもあって上手い具合にはいかなかった。ただ、この時は訳語の確定や絞り込みに難しさを感じた)

 

そして、いきなり実施例から訳したり、個別具体的な説明(好適な官能基は…である、のような箇所)から訳していくのは、個人的には、その内容が発明とどう関係あるのかを把握しづらいため、避けるようにしている。

 

こちらはこちらで話が具体的すぎて、ピントが近すぎる状態なのである。

といっても、最初からこのようなスタイルを確立できたわけではない。特許翻訳者としてのキャリアの最初のあたりでは、馴染みの薄い生化学案件が振られてきた時もあったのだが、この時は背景技術をいきなり理解するのも簡単ではなかったので、まずは図面の説明から訳してみたこともあった。

 

或いは、これまたキャリアが浅いときに、背景技術から訳していくのは時間がかかるため、個別具体的な説明部分をある程度サクサク翻訳することで、自分のリズムに持っていくことを意識した時もあった。

 

(翻訳業の半分は「調査」で占められていると言っても過言ではないが、それでもやはり、訳しては止まり、訳しては止まり、を繰り返すのは、自分の翻訳のリズムに乗らないので、経験が浅い時には「ある程度テンポ良く」訳すことも心がけていた。)

さて、これまで数十件の特許明細書を実際に仕事で訳してきて感じるのは、『翻訳に時間が一番かかるのは「背景技術」と「発明が解決しようとする課題」の二箇所である』ということである。

 

この部分には、具体的すぎず抽象的すぎない内容が書かれている。そして、その発明が解決しようとする内容に関するこれまでの状況の推移や問題点も広い視野で書かれており、ある種、普段の生活でどれだけ「無駄なことに関わっているか」ということが問われる、と言っても過言ではない。

(特許明細書のなかで一番特許翻訳らしくない部分、と言ったらご理解頂けるだろうか。)

 

この箇所は、昔はとても苦手だったものだ。というのも、細かく調べないと納得が行かない部分が多く、明細書に寄って一番内容が異なる。例えば食糧不足で飢餓状態に陥っている人がどれくらいいる、だとか、アメリカで白血病を患う人が年間どれくらいいる、だとか、そういう内容なので、どうしても調べ物が多くなり、翻訳が進まないからだ。

 

ただ、最近感じるのは、この「解決しようとする課題」の部分を理解できれば、後は個別具体的な説明が続いていくだけなので、そこまで負担は大きくない、ということだ。この具体的な部分は、明細書によってもある程度内容が似たり寄ったりの場合があるので、以前に勉強した内容が繰り返されていることも多く、知識と経験を活かすことができる部分である。

 

なので、今はむしろ、最初にたっぷりと時間をかけて、「背景技術」の部分をゆっくりを味わいながら翻訳を進めていくことが、楽しくもなっている。普段自分が知ることもないような世界の「常識」を知ることができる(特に医療分野)ため、そのような学びの機会になっていることもまた、事実である。

 

もしこのブログを読んで頂いている方で、特許明細書の訳す順序で悩んでいる方がおられるのであれば、色々と自分なりに試されてみて、自分がすっきりと行えるスキームを確立して頂きたい。私は請求項からの翻訳は苦手だが、もしかするとあなたは、請求項から訳すほうが会っているかも知れないのだから。

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