書籍「特許翻訳者のための米国特許クレーム作成マニュアル」は、知財実務者が脇に抱えて置きたい一冊

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今月頭に発売された「特許翻訳者のための米国特許クレーム作成マニュアル」を、早速Kindle版で購入して読んでみました。

 

この本が出版されることは、この本の作者が代表を務めている会社のメルマガから知りました。9月中に案内があったわけです。

 

この本を最初から読み始めて、まだ最後まで読み終えていないのですが、読んだ正直な感想をまとめておきたいと思います。

①「米国出願向け」とはいうものの、特許翻訳者は必須の書籍

この本の内容は、数年前に出版された、同社(出版社ではなく、この作者が代表を務めている会社)の「米国特許クレーム作成マニュアル」(正確な名前は失念しましたが、確かこのような名前だったはず)という、無料のマニュアルの内容に基づくものです。

 

ある日本語の明細書の請求項を、丹念に読み解いていって「リライト(日日翻訳)」と「訳文作成」の2つを行っていく、というスタンスは「マニュアル」のときと変わらず、この本では加えて、米国特許法の参照や、基本的な特許英語の用法といったトピックスも解説に加えて、より骨太の内容になっています。

 

ざっと読んだ印象は、「割と高度なことをしている」というもので、本では「初級者・中級者向け」と謳っていますが、個人的には「中級者・上級者向け」の内容、といったほうが厳密ではないか、と思いました。

 

というのも、この本はあくまで「米国出願」を射程に入れた知財(翻訳)実務についてまとめているので、いわゆる「PCT出願」を考慮した翻訳スキームとは、考え方が根本的に違っているんですね。

 

あまり、本の内容をここで書きすぎるのも良くないと思うのですが、具体例を出すと、この本では、「日本語の原文クレームを、別の日本語クレームに大幅に(大胆に)書き直す」ということをやってのけています。

 

それは例えば、ある物事を更に上位概念で言い換えてクレームを書き直したり、内容の論理的整合性を勘案して、言い換えを行ったり、ということです。

 

この作業自体、PCT出願においては「意訳」であったり「翻訳者の役務の範囲を超えている」という考えもできてしまいます(少なくとも、PCT出願にて徹底される「原文の意味を等価に訳文に反映する」という作業の範疇を超えた作業を、この本では解説しています)。

 

ですので、この本でも「原文を忠実に訳した英文例」というのが出てきていて、それ自体は「PCT出願の実務でも見かけそうだし、実際に訳すとそうなってしまう可能性が高い」という参照にもなるのですが、この本ではその訳文を大幅にリライトしているので、「これから特許翻訳の勉強をしよう」という方にとっては、内容が高度、あるいはミスリードしてしまう可能性があるものとなっています。

 

(少なくとも、各国出願とPCT出願の違いや、基本的な特許英語・法令用語の理解がないと、読み進められない本であると言えます)

 

ですので、あくまで「米国出願を見据えた英文作成」という但し書きが付いてしまうのですが、ある程度特許実務(特許翻訳)に携わっている方にとっては、これまで習得した知識とスキルをベースにして、更に高い視座を手に入れて、自身のレベルアップに役立つ内容となっているのは間違いありません。

 

②テーマがやや特殊だが、特許のメジャーな分野(特に材料系)もばっちり抑えている

2つめの特徴としては、この本で取り扱われているクレーム(請求項)は、「飲料バッグ」というものです(ここまで、こういうブログで書いてしまっていいものなのかどうか)。

 

喩えていうなら、粉砕されたコーヒー豆が入っていて、開封してポットから湯を注いだら(ちょっと高級感のある)コーヒーを作ることができる、ああいう飲料バッグです。

 

このテーマ、初心者にとっては取っつきやすいテーマであるとは思うものの、実務で特許翻訳をしている方にとっては、普段の仕事では「逆にお目に掛からない」内容だと思うんですよね。

 

実際、「飲料バッグについてアメリカで特許を取得する」って、シチュエーションとしてすごく微妙じゃないですか。

 

なので、この例が実務的に適切なのかどうか、という疑問点は残りはするのですが、読み進めていくと、

・「飲料バッグの素材はどういうものなのか(=他の概念にどう言い換えることができるのか)」といった、材料系の話

・「飲料バッグの構成要素が、どういう風に作用してどういう動き(状態)をなすのか」といった、機械や材料(をベースにした構造物)系の話

といった、普段の特許実務でよく目にするテーマやジャンルにも話が及んでいくことが分かります。

 

主題そのものは、違ったものにすることはできたのかもしれませんが、「特許のベースにある科学原理の話は共通」ということを知れる、と言い換えることができるかもしれませんし、それを知ることができる貴重な一冊であるとも言えます。

 

③クレーム作成とはいいながら、きちんと明細書本文も参照している

こういうことを書くのは野暮かもしれませんが、クレームのリライトをするにあたって(より正確に言えば、構成要素の上位概念化などをするにあたり)、明細書本文の中に書かれている内容も鑑みて、「言い換えをしても差し支えがないかどうか」という部分まで、踏み込んで(そして、整合性を持って)考えてリライトをしている、ということも、この本の評価を上げる一因になっています。

 

実際、この本の冒頭では「本書を読み進める前に、取り扱う明細書のクレームだけでなく、本文も一通りご覧になってから読み進めることをオススメします」ということが書かれています。私は時間の都合でそこまでできていませんが、本を読み進めてみるとなるほど、明細書で書かれていることも適宜参照して、できるだけ広い範囲で権利を取得できないか、という筆者(というよりも、その会社)の素晴らしいスタンスが見え隠れします。

 

なかなか、普段の特許実務で、一翻訳者がそこまでできるのか…という疑問は実際残るとも思いますが、「こういう世界があるし、こういうことができる実務者を必要としているところもある」ということを少しでも知るだけでも、この本を手に取る価値はあると言っていいでしょう。

 

 

あまり、他の本などと比較するのは無粋なのかもしれませんが、この本の特筆すべきことは「米国出願向けクレーム作成(翻訳)」という狭いテーマから、「米国特許翻訳実務の全て」を垣間見られる、ということであると言えます。

 

それは、1つの訳文を作成する、1つの単語を選ぶ、といった作業をするにあたっても、特許法やFaber (Faber on Mechanics of Patent Claim Drafting (Intellectual Property Law Library) (English Edition))といった、権威ある文献を参照したり内容を引用している、といったところからも分かりますし、明細書本文の内容を精査する、といったところからも伝わってきます。

 

敢えていう必要もないのかもしれませんが、これまで世に出回っていたような同様の本だと、「文章1つ1つをぶつ切りにして、その文章が書かれている明細書の他の部分や、参考になる資料のことを考えずに訳文を作る」というノウハウにのみ主眼が置かれているきらいがあり、その点が、この本の画期的であり、他の類似の書籍を大きく一線を画す部分であるのかな、と率直に感じました。

 

ただ、こういう内容まで理解するには、やはり初心者にとって敷居は高いもののように個人的には思われるので、上にも書いたように、最低限のお作法は抑えた上で、この本を手に取る、という順序が一番無理なく、無駄がないのかな、と思いました。

 

まとめ

以上、簡単に書き進めましたが、この本は、特許実務中級者・上級者向けの骨太の内容になっていること間違いありません。

 

この本に書かれている内容「だけ」を理解すればすぐにレベルが上がる、というわけでは当然ありませんが、内容を何度も反芻することで、より高い世界に進むための道しるべとして活用できる素材であることは間違いないでしょう。

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