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特許明細書における階層概念を正しく理解するには

以前に執筆した、2つの記事

特許明細書における「及び」と「並びに」の使い分け

特許明細書における「又は」と「若しくは」の使い分け

において、「明細書の内容を正しく理解する際に、物事を正しくには概念を正しく階層化することが必要」と書いた。
これらの記事ではあくまでも、法令用語の使い方という視点から書いたのだが、
今回は実際に、特許明細書の例を出して、「正しい理解を行うこと」の重要性を見ていきたい。

かつて、英文特許明細書を勉強のために読んでいる際に、以下のような化合物の羅列の表現が出てきた。

Exemplary solvents include linear, branched, and cyclic hydrocarbons, alcohols, ketones, and ethers, including propylene glycol ethers (e.g., 1 -methoxy-2-propanol), isopropyl alcohol, ethanol, toluene, ethyl acetate, 2-butanone, butyl acetate, methyl isobutyl ketone, methyl ethyl ketone, cyclohexanone, acetone, aromatic hydrocarbons, isophorone, butyrolactone, N-methylpyrrolidone, tetrahydrofuran, esters (e.g., lactates, acetates, propylene glycol monomethyl ether acetate (PM acetate), diethylene glycol ethyl ether acetate (DE acetate), ethylene glycol butyl ether acetate (EB acetate), dipropylene glycol monomethyl acetate (DPM acetate), iso-alkyl esters, isohexyl acetate, isoheptyl acetate, isooctyl acetate, isononyl acetate, isodecyl acetate, isododecyl acetate, isotridecyl acetate, and other iso-alkyl esters), water and combinations thereof.

長文となっていて恐縮である。ただこの文章は、今回のような題材にはうってつけの文章なのだ。

一般的にこういう文章を訳す際は、文章の塊で区切りを入れ、更に化合物の羅列箇所においては、コンマで区切りを入れて、それぞれの化合物を単品で切り離して、順に訳してから整合性を整える、というのが、翻訳者としては負担の少ない作業の仕方だ。
(少なくとも、私はそうやって翻訳を進める。一文のままで翻訳を行ってしまうと抜けが出る可能性が非常に高く、見直し工程での負担が増えるのだ。)

では、この長文を例にならって適宜区切ってみよう。

Exemplary solvents include linear, branched, and cyclic hydrocarbons,

alcohols,

ketones,

and ethers,

including propylene glycol ethers (e.g., 1 -methoxy-2-propanol),

isopropyl alcohol,

ethanol,

toluene,

ethyl acetate,

2-butanone, butyl acetate,

methyl isobutyl ketone,

methyl ethyl ketone,

cyclohexanone,

acetone,

aromatic hydrocarbons, 

isophorone, butyrolactone,

N-methylpyrrolidone,

tetrahydrofuran,

esters (e.g., lactates, acetates, propylene glycol monomethyl ether acetate (PM acetate), diethylene glycol ethyl ether acetate (DE acetate), ethylene glycol butyl ether acetate (EB acetate), dipropylene glycol monomethyl acetate (DPM acetate), iso-alkyl esters, isohexyl acetate, isoheptyl acetate, isooctyl acetate, isononyl acetate, isodecyl acetate, isododecyl acetate, isotridecyl acetate, and other iso-alkyl esters),

water and combinations thereof. 

まず、「linear, branched, and cyclic hydrocarbons」の箇所は問題あるまい。
炭化水素には直鎖状、分岐状、環状が存在するので、上のような塊で訳すことができる。

次に、最後の部分

esters (e.g., lactates, acetates, propylene glycol monomethyl ether acetate (PM acetate), diethylene glycol ethyl ether acetate (DE acetate), ethylene glycol butyl ether acetate (EB acetate), dipropylene glycol monomethyl acetate (DPM acetate), iso-alkyl esters, isohexyl acetate, isoheptyl acetate, isooctyl acetate, isononyl acetate, isodecyl acetate, isododecyl acetate, isotridecyl acetate, and other iso-alkyl esters),

も、括弧で「エステル」の例が挙げられているので、ひとまとまりとしてみなすことができる。

※補足をすれば、この塊の中では「…エステル」と「…アセテート」という化合物が出てくる。「…エステル」は「エステル」に含まれることは一目瞭然であり、「…アセテート」というのも、他の化合物がくっついていてややこしくはあるが、要するに「●●酢酸エチル」や「●●酢酸メチル」を指す。

酢酸エチルは

の構造であり、この化合物類は-COO-のエステル結合を有するため、同じく「エステル」とみなすことができる。

さて、問題はここから、厳密に言うと、includingがどこからどこまでを指すのかが分かりづらい。

上の区切りで前から順番に考えると、

「アルコール、ケトン、及び●●を含むエーテル」という文章になってしまうが、果たしてこれで良いのだろうか。

答えは「否」である。

というのも、including以下をよく見てみると、
「propylene glycol ether」(エーテル)であったり、
「isopropyl alcohol」(アルコール)であったり、
「acetone」(アセトン)であったり、

どうやら、前に出てきている上位概念にひっかかる化合物がずらずらと出てきているようだからだ。

とすると、including以下の化合物がどこまで含まれるのか、ということが問題となるわけである。
(includingと言っているのに、どこまでがincludeなのかが分からない、という厄介な問題だ)

これは、丹念に1つ1つの化合物の構造を調べていくしかない。

すると、詳細は割愛するが、「propylene glycol ethers」から「tetrahydrofuran」までの化合物は全て、
-OH(アルコール)
-O-(エーテル)
-C(=O)-(ケトン)

のいずれかの結合・官能基を有することが分かるので、これら全てが、「アルコール、ケトン、エーテル」のいずれかに属する、ということが分かる。

すなわち、ここの箇所は
「プロピレングリコールエーテル(例えば…)、…テトラヒドロフランを含む、アルコール、ケトン、及びエーテル」というような文章となる。

(ついでに言うと、最後の「and combinations thereof」のandは、個々の上位概念と、それらの混合物とを比較しているため、法令用語の使い方に則って「並びに」とするのが正しい)

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まとめ

このような「悪文」ともいえる文章は、仕事をしていても一定の割合で出会うことがある。

仕事をしていれば避けては通れない道、とでも言えようが、いずれにせよ、このような文章を解きほぐすには、最低限の知識(ここでは、どのような化合物やその包括概念があるか)と、それらを組み合わせて、個別具体的な事例を調査・検証することが必要となってくる。

今回のケースを通して、筋道を立てて物事を考える、複雑な事象の絡まりをほぐす、という一連の作業の奥深さを味わって頂ければ幸いだ。

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