数年前から、特許翻訳(在宅フリーランス)の界隈でも「年収1000万円」という数値がある種の基準値になっているように思います。
翻訳者のブログでもそういうのを見かけますし、「実際に目指してみたけど無理」みたいなことを書いている方もおられますよね。
まあ、かくいう私も、数年前は「とりあえずその値を目指してみる」と思っていましたが、数年間この仕事に取り組んでみて「無理だな」と思ったので、今はこんな目標、立てることはなくなりました。
では、今はどうしているのかというと。
単年度ではなく、数年間の蓄積の結果がどうなるのか
正直な話をすると、私の年収が一番高かったのは、2016年のことですね。
この年は、夏に2週間休みを取って、半分以上は海外で生活(移住)をして、それなりに旅行も行きましたが、今よりも若干条件が良くてこの年の年収は850万円くらいでした。
この年は、売り上げの95%程度が翻訳とそのチェックの仕事だったので、文字通り「年収」に等しかったです(2018年からは行商・物販も少し取り組んだので、「年商」は2016年より増えたけれど、年収(所得)はそれ以下だった、という年もあったので)。
で、小見出しの話に戻りますが、幸いにもこの5年ほど、特許翻訳の仕事を続けることができて、手元に残るお金も増えてきました。あまり大きな声でいうことでもないかもしれませんが、一人暮らしをするには十分すぎるお金を稼げているので、色々経験に投資したりはしていますが、貯蓄額は年々増えていっています。
正直、この5年ほどずっと仕事を続けてきて思うのは、「1年間で1000万円稼ぐより、数年間で自己資金(手元に残るお金)を500万円でも1000万円でも増やす」ことだ、ということですね。別に、これらの金額はあくまで1つの例であって、500万円も残らなくても、300万円でも400万円でもいいと思うんです。
要は、この仕事を始めたときよりも、「自分というポートフォリオ」の状態が良くなっている。これが、「1年間でいくら稼ぐ」よりも大切なことではないか、と考えるようになりました。
損益計算ではなく貸借対照的に考える必要性
こういう考えをするようになったのは、手元にまとまったお金が残って「不動産投資でもしようかな」と考えるようになったのが一因でしょうか。
別に、不動産投資じゃなくてもいいんですけれど(実際、私は2019年の4月、元号が令和に変わる直前から、NISAの非課税枠をフル活用して、インデックス投資を始めました)、「手元のお金をどうやって更に増やしていくか」ということを考えるフェーズが、「1年間で1000万円稼ぐ」の先にある世界の1つではないか、ということなんですよね。
まあ、1年間で1000万円稼いだことはないですけれど、1年間で500万円でも700万円でも稼いで、税引き後に手元に残るお金が1年で200万円でもあったら、5年間それを続けたら、1000万円が手元に残るわけですよ。
もちろん、1年や2年でそのお金を残すことができればベターですが、「1年間で1000万円稼ぐ」っていうのは、先のことを考えていない(あるいは考える必要のない)初心者(敢えての言い方をすれば「情報弱者」)向けの、あおり文句ではないか、と思うんですよね。
まあ、そういう層が世の中の大部分を占めているのは否定しませんけれど、これに関連して言うと、数年のキャリアがある人がわざわざ、「特許翻訳で1000万円目指してみた」みたいなことを書いているのが、個人的には頂けないといいますか。
いや、5年も10年も仕事しれそれなんか、って印象を正直に持ってしまいます。
だってですね、10年とか仕事していたら、手元にそれなりにお金は残るでしょうし、「そのお金をどうやって更に増やしていくか」ってことを考えるフェーズって、どこかで迎えるものだと思うんですよね。
家庭があって、お金を稼がないといけない(全額手元に残るわけではない)という場合であっても、「労働収入以外の方法でお金を増やせないか」「手元にあるお金に働いてもらって、年間5%でも10%でも、お金を増やせないか」ということを考えることって、あると思うんです(というか、それを考えずに40歳、50歳になってしまうのかもしれませんが、僕は30歳の頃にこういう風に考えたので、考えない人のことはいまいち、想像ができません)。
だから、10年選手、15年選手の人が、単年度の損益計算でしかお金の動きを考えられていない、というのを知ると、なんだか残念に思ってしまうんですよね。
貸借対照的にお金の動きを考える、とは
では、「貸借対照的にお金の動きを考える」とはどういうことなのか、というと、「お金以外の資産の動きも考える」「資産の流動性を考えて分散投資する」「労働収入以外でお金の動きを作り出す」ということではないのかな、と。
例えば、不動産投資で言うと、手元にある1000万円で家を買ったとすると、ぱっと見では1000万円のお金が消えたことになりますが、これが「1000万円の家」に形を変えただけ、とも言えるのです。
まあ、その「1000万円の家」がすぐに売れたとしても、元値で売れる可能性は低いでしょうから、実際の価値は「800万円の家」になるのかもしれませんが、例えばその家を賃貸に回して、年間80万円ほどの家賃収入、ここから固定資産税や修繕積立金などの支出を差し引いて、手元に30万円ほどお金が残るのであれば、これは「手元の1000万円というキャッシュから、30万円のキャッシュフローを生み出した」と言えるわけです。
そうすると、この不動産収入だけを考えても、年間で30万円、資産は増えていくことになります。
将来的にその家を売却したとしたら、1000万円で買った家によって、最終的に1500万円ほどの収入(賃貸収入+売却益)が生み出されるかもしれません。
そういう、「手元にあるお金を別の形に変えて、長期的に資産を増やしていく」という考え方が、私がここで意図する「貸借対照的に考える」ということです。
別に、不動産投資じゃなくて、私がやっているようなNISAでも、外貨預金でもいいと思います。
労働収入以外の方法で、手元にある資金を運用して、更に元金を増やしていく。
そういう考え方を、「1年間で1000万円稼ぐ」考え方よりも大事にして、かつ早めに身につけて、実践していく(あるいは、すぐに実践しなくてもいいから勉強する)というのが、必要なことじゃないかと思います。
別に、特許翻訳という、自分の知的資産を全投入する労働集約的な働き方がダサいとか時代遅れだとか、そういうことがいいたいわけではありません。
しかし、まともにそういう労働集約的な仕事をやっていたら、「お金に働いてもらってお金を増やす」というステージが見える場所には、5年くらいあれば到着できると思うわけです。
だからなぜ、それほどの年数を過ごしている方から、そういう風な考えが出てこずに、単年度でのお金の動きしか見ていないような視座での話が出てくるのかが、私にとっては不思議でならないのです。
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