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「含有量」と「配合量」はきちんと訳し分けたほうがいい

とある日本語の明細書を読んでいたときに、気になった表現がありました。それが、「含有量」と「配合量」という、2つの言葉です(「含有」と「配合」の2つ、も同じ)。

 

読んでいる限り、同じ意味で用いられているようでもないのですが、対応する英訳の明細書があったので読んでみると、全て確認したわけではないのですが、ざっと見た感じでは全て「content」と訳されていました。

 

 

ただ、これを一緒にするのはまずいように思います。

 

「含有」の意味

化学系の明細書で用いられるのは、「請求項1.AとBとを含有する組成物」といった表現です。つまり「含む」という意味ですが、これはこの組成物が、AとBを含んでいる、ということです(当たり前ですが)。で、この「含有」の意味を電子版広辞苑(第六版)で調べてみると、

 

含みもつこと。成分として含んでいること。「―量」

 

と説明されています。まあ、説明が短すぎるとも思いますが、これはこれで理解はできます。

 

「配合」の意味

では、対して「配合」の意味はどうなのか。明細書でよく使われるのは、「請求項1.AとBとを配合してなる組成物」とか、「請求項1.AとBとを配合して製造される組成物」とか、そういうものだと思います。

 

じゃあ、「含有」と何が違うのか、と言えば、「配合」というのはあくまで、その組成物を作る際の操作を意味しているわけで、「配合量」と言えば、製造(調製)のために用いた分量である、という意味になります。

 

同じく広辞苑で調べてみると、

2種以上のものをとりあわせること。とりあわせ。くばりあわせ。組合せ。「薬を―する」「色の―」

 

と書かれています。

 

 

何が問題なのか?

では、最初に戻って、この「含有量」と「配合量」を同じ言葉で表現してしまうと何がまずいのか、というと、「配合量≠含有量」となる場合があるから、すなわち「配合量と含有量は、必ずしも一致するわけではない」から、ということになります。

 

例えば、原材料を100として、Aを70、Bを30の比で配合する、とします。これがそのまま、「Aを70、Bを30含有する組成物100」になるのかというと、必ずしもそうではありません。というか、そうではない場合がほとんどでしょう。

 

と言うのも、A70とB30を配合して、何らかの化学反応に通すわけですが、その反応の後では、①Aが60、Bが40になっているかもしれない。あるいは②Aが70、B’が30になっているかもしれない。あるいは、③A’が60、B’が40になっているかもしれないし、④Aが65、Bが30、Cが5、となっているかもしれないからです。

 

 

この反応後にできた組成物をそのまま請求項に記載するのであれば、①も②も③も④も、全て「A70、B30を含有する組成物」ではありません。もちろん「A70、B30を配合して製造される組成物」であることに間違いはありませんが、この2つが指し示すものが同じではない、ということは往々にしてあると思います。

 

ここから考えると、「含有」と「配合」は意味が異なるので、「含有量」と「配合量」を同じ言葉で表してしまうと、原文と訳文で意味するものが異なってくる、つまり意味が等価な翻訳にはなりません。

 

「化学・バイオ特許の出願戦略」に書かれていること

今年の5月に買った「化学・バイオ特許の出願戦略」には、以下のように書かれています。少し長いですが、引用します。

f)変化に対応した対策の必要性

クレーム対象の物に組成変化、物性変化などの各種の変化が生じる場合がある。その場合、クレームしている文言上の範囲が、実際に製造された物の現実の範囲からずれてくる事態が想定される。例えば、クレームでは、「化合物Aを含有する…」と規定されているが、実際の製造物では、化合物Aではなく、その誘導体や分解物に変化している場合が想定される。そのため、自社の製品を守っている筈の特許が、実際には守っていないことになる場合や、他社製品が侵害品である筈でありながら、分析した結果ではクレーム範囲から乖離してくることもあり得る。従って、クレームの作製に際しては、このような「変化」の可能性を常に意識し、考慮した対策が必要となる。(中略)尚、変化は、クレーム対象の物に限らず、被疑侵害品(イ号製品)の方に生じる場合もある。例えば、特許クレームでは「5質量%以上を含有」と規定されているので、イ号製品では4質量%配合することで、特許を回避したつもりであっても、製品中の水分が蒸発して、市場を流通しているイ号製品の濃度は、「5質量%となっている場合もあろう

(太字ブログ著者)

 

こういう本でも書かれている、ということは、「含有量」と「配合量」は異なる場合があり、特許請求する際、権利範囲をきちんと規定する際、権利侵害であるか否かを確認する際のポイントである、とも言えるでしょう。

 

 

翻訳者やレビュワーが業務で対応できること

 

実務上の問題として、仮にこういう日本語の原文が出てきたとき、あるいはその原文の訳文をチェックするときに注意すべきことはなんなのか、という話がありますが、翻訳業という立場からすると、PCT出願の場合は意味が等価になるように訳出、パリルートの場合は、これらの言葉が異なる意味で用いられているのか否かをきちんと確認した上で、適宜コメントして訳出、という風にするのがいいのかな、と思います。

 

仮に、「含有量」の意味で「配合量」が使われている、あるいは、明細書を読んだだけでは、「含有量」と「配合量」が違うものを意味しているのかが判断できない(明細書に十分な情報が書かれていない)場合には、いち翻訳者としてできる対応は、やはり「翻訳する」ことでしかないと思います。

 

もしかしたら、発明者は言葉を取り違えているのかもしれない、同じ意味で使っているのかもしれない、と思っても、それはご本人に確認しないと分かりませんし、ましてやこれらの言葉が請求項に用いられている場合、その表現の正当性を考えても、請求範囲の変化、あるいは他の明細書での記載内容との兼ね合いによって侵害されるのか否か、みたいな話にも繋がってきて、とてもじゃないですが、翻訳者として判断に責任を負えるものではありません。

 

 

結局、間に入っている翻訳会社や知財会社に、説明をした上で後は任せる、というのが妥当ではないかと思います(それが、間に入る彼ら彼女らの役割でもあるので)。

 

 

こういう内容で疑問に思ったことは、自分なりに調べてブログでこういう風にまとめるなど、何らかの形で備忘録としてまとめておくのがいいのではないか、とも思います。

 

 

今回引用で使った辞書・書籍はこちら

・広辞苑(最新は第七版のようなので、そちらを掲載)


※こちらはWindows版

※Mac版

・化学・バイオ出願の特許戦略

 

 

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