普段の仕事は和訳がほぼ100%なのですが、ときどき逆方向の仕事を受けることもあります。
その中で、普段英訳を意識しておかないとアウトプットできないなー、と感じるのが、単数形を使うか、複数形を使うか、という話。
特許翻訳の場合、特にクレームライティングでは、「単数形は複数を兼ねる」というか、「単数形で記載をすれば、それは複数の場合も含む」ということになっており、一番無難なのは、該当する名詞を単数形で表記すること、のようです。
日英特許翻訳のバイブル、と言うべき「外国出願のための特許翻訳英文作成教本」(中山裕木子)にも、クレーム英訳の章ではFaberからの引用で、「名詞の数」についての記載がまとめられています。
以下、いくつかだけ引用しておきます。
-要素の数が1以上であり、必要な場合に「数」を明記できる。
-適切に機能するために必要な、最小限の数を記載する。
-1以上で機能が達成できる場合には単数形で書く。
-移行句にconsisting ofを使った場合、単数で書くと、単数に限定される
とまあ、これが基本的なルールになるのですが、このルールって、機械やその部品など、「具体的に目に見える」ものについての発明だと、わりかし簡単に理解できると思うのです。
例えば、カテーテルの特許があったとして、針の数、シースの数、孔の数、とかが構成要素になるわけで、これらは図面を参照しながら、原文(日本語)を読んでいけば、普通は正しく理解できるし、英文として表現できるはずだと思うんです。
が、自分が主に目にするのが化学系なので、このルールだけを参照して考えると、違和感を覚えてしまうときがあります。
例えば、「ナノ粒子で基材を表面改質する方法」という特許があるとしましょう。
この時、ナノ粒子を基材に付着させたり、その前に、ナノ粒子に特定の官能基を結合させて、その修飾ナノ粒子を基材に付着させたりして、表面改質をする、という手法が取られているとします。
こういう場合だと、「ナノ粒子」や「官能基」を単数で表現するのか?それとも複数で表現するのか?というのは、普段日本語を英語で表現することを意識しておかないと、パッと出てこないのではないかと思います(少なくとも自分は)。
だって、1個のナノ粒子や官能基を表面に付着させるって、普通に考えて変じゃありませんか。表面改質というと、図面で言えば
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● (←ナノ粒子)
------------------- (←基材)
こんな風に、多数のナノ粒子(や官能基)が基材に存在していて、これによって表面エネルギーを下げるなどして、基材の特性を変えるわけですよね。
だったら、普通に考えると英語では、the surface of a substrate modified with nanoparticles のように、「ナノ粒子」は複数で表現するのが自然なはず。ただ、そうすると、クレームでこの内容を記載するときに、複数形で記載してしまうと単数で書かれた場合は含まれなくなるので、それで問題ないのかどうか、とか。
それともう1つ、これは単複の使い分けというか、the surface of a substrate modified with nanoparticlesとした場合でも、そのナノ粒子について説明するときには、As used herein, the term “nanoparticle” means …と、単数形で標記していいのか、それとも他の場所に合わせて複数形にしたほうがいいのか。
これに似た文章は、普段和訳の際に両手の指に収まりきらないほどの回数目にしているはずなんですが、実際に英訳しようとすると、どっちがいいのか悩んでしまいます。つまり、和訳をするときに意識すべきことと、英訳をするときに意識すべきことは違う、って話になるんですが。
他にも、仮に複数で表現するのが正しいとして、複数であることを「a plurality of」で表現するのか「at least one of」で表現するのか、それとも単に複数形で表現するのか。
これについては、前述の「作成教本」の300ページに、「Patent It Yourself」で用いられている言葉の使い分けとして
multitude: used to recite a large, indefinite number
plurality: used to introduce more than one of an element
at least: used to hammer home that more elements can be used
*hammer home = To repeatedly or continually emphasise (an opinion or idea) until or so that a person or group of people understands it.
ということなのですが、これは実際に明細書を読んでみて、具体的な違い(使い分け)をぼやっとでも理解するほうが早そうですね。
と、今回はほぼ、自分用の備忘録なのですが、和訳の経験のうち、英訳に生きるものと、翻訳方向が逆方向になると意識する部分が全く違って参考にならない部分がある、ということでした。
しかし、巷で流行っている「AI翻訳」では、ここまでのことをカバーできるんでしょうか。気になります。
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