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弁理士短答試験が39点だった人は三振する、と、某予備校講師が言ったらしいが

この発言の根っこにあるものは、

 

国家試験にパスしたのに、実務(実業)に携わることなく、予備校講師として毎年毎年法令集とにらめっこして、実際の試験問題(ペーパーテスト)を解いて満点を取り続けることが仕事になっている人は、「人と関わる」ということがなくなって認知が歪んで、頓珍漢な発言をしてしまう

 

ってことでしょうね。

(Twitterを見ましたが、このTweetは削除されているようですね。)

 

この人に限ったことじゃないですけどね、いい歳してるのにこういうこと言ってしまう人、一定数いますよね。

 

まともに仕事をして人と関わっていたら、「そういうことは言わんやろ」ってことを、なぜか発言してしまう。

 

 

まあ、この講師が、実務をやっていける能力がないから講師になったのか、実務をやりたかったけれど学校に引き留められて講師業をやっているのかは、定かではありませんが、普通に実業に携わっていたら、クライアント(要はお客さん)の気分を害するようなことは言わないですよね。

 

もちろんこれは、本当は言っても意味がないおべんちゃらを言う、ってことじゃありませんよ。ギリギリの点数で受かった人に対して「まあ論文も余裕ですから!」みたいなことを言うってことじゃなく。

 

そうじゃなくて、「短答ギリギリで受かった人は、気を緩めないで今年の論文までは勉強を続けましょう」みたいな、まともなことを言うってことです。

 

 

実際、短答ギリギリだった人が論文をすぐに突破できない、ってことが統計的に分かっているのだとしても、この言い方はないだろうって感じですよね。

 

ま、これは、鶏卵問題みたいなもので、「こういうことを何も考えずに言ってしまうから、実務に携わることができない」のか、「実務に携わることができないから、こういう残念な人間になってしまったのか」というのは、分かりづらいものですが。

 

 

自分なんかは、こういう大人を見ていると「自分の能力で稼ぐことなく、いい歳してもペーパーテストばっかり解いていると本当に残念な人間になるんだな」という感慨に囚われますね。

 

 

ま、見方を変えると、実務でやっていく能力がない世界でも、講師業やって食っていけることができてよかったな、と言えるかもしれませんね。

 

 

自分なんかは実務至上主義、プレーヤー至上主義なので、「現場に身を置かずに、教師をやっている人は落ちこぼれ」ぐらいに思っているので、こういう存在の価値をよく認識できませんが、世の中には「自分で稼ぐより、人に稼がせるほうが簡単」という人もいるんでしょうね。

 

(自分は昔から、人に教えるのが下手で、自分で手を動かして稼ぐほうがよっぽど簡単、と思っているのです)

 

 

まあこの講師のお方、インクが切れたボールペンを教壇から投げ捨てるようなこともやっているみたいなので、どのみち人格障害だと思いますが(笑)、本当にこんな奴が代理人にならなくて良かったな、とも思いますね(まあ、この人も弁理士のようなので、受験生にとってはお手本になり得ない存在なのでしょうが。身近に接する必要がある受験生が不憫ですね)。

 

 

でも、こういう、プレーヤーが務まらない人間でも生きていける世界になって良かった、と言えるかもしれませんね。自分なんかからすると、こういう存在こそ淘汰されて欲しいと思いますが。

 

 

世の中には他に、自分は何も行動しないのに「翻訳夢子が~」とか、現場に携わることもないのに「AIが~」みたいなことをエラそうにのたまっている人もいるようですが、実業に携わっている身からすると、全部無視でOKって感じですね。

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