今回は、特許明細書で頻繁に出てくる「及び」と「並びに」についてまとめてみる。
普段の生活では、このような「硬い」言葉は口語では使わず、「と」や「や」といった言葉で済ましてしまう。あるいは、「及び」や「並びに」を使うことはあるが、これらの言葉に使い分けの概念がある、なんてことは微塵も考えずにいる場合が殆どではないだろうか。
しかし、特許明細書(というよりも法律が関係する法的文書全般)においては、これらの言葉には使用のルールが定められている。
簡単に言えば、
①「及び」も「並びに」も共に、併合的接続詞であり、
②全てが同一階層の概念で並列している場合は「及び」を用い、
③「及び」だけで全てをまとめられない、複数階層の概念が存在する場合に、「並びに」を用いる
というルールである。
ここで、②と③がよく分からない、と思われるかもしれないので、具体的に説明していこう。
まず②について。
「同一階層の概念」とは具体的にどんなものがあるだろうか。
特許明細書では例えば、官能基の種類が挙げられる。
例えばアルコール、アルキル、ケトン、エーテル、チオール等。
これらは全て、「官能基」という同一階層の概念として存在している。
身近な例で喩えると、ミカン、リンゴ、桃、梨等は「果物」の具体例としての「同一階層の概念」である。
このような場合は、「及び」だけで全てを繋げることができるので、例えば
「好適な官能基としては、例えばアルコール、アルキル、ケトン、エーテル、及びチオールが挙げられる」
という表現を用いることができる。
(実際、このような文章は化学系の特許明細書では頻繁に出てくる)
次に、③について。
「並びに」を用いるのは、「複数階層の概念」が出てくる時である、と言った。
これは例えば、抽象的な化合物(や元素)を包括する概念と、それぞれの具体例の列挙を一文で行う場合がそうである。
どういったものが考えられるだろうか。
周期表における●族元素とそれらの具体例、というのはどうだろう。
ハロゲン:フッ素、塩素、ネオン、臭素、ヨウ素等
希ガス:ヘリウム、ネオン、アルゴン、アルゴン、キセノン等
アルカリ金属:リチウム、ナトリウム、カリウム等
アルカリ土類金属:カルシウム、ストロンチウム、バリウム等
これらを全て列挙する場合に、「フッ素、塩素、ネオン、臭素、ヨウ素」の部分は、
「ハロゲンに属する具体的な元素」という「同一階層の概念」であるから、
「フッ素、塩素、ネオン、臭素、及びヨウ素等のハロゲン」という表現で問題ない。
しかし、例えば同じようにそれぞれのセンテンスを作ったとして、
「●等のA」「■等のB」…というセンテンスを繋げるときに「及び」が使えない、という
問題が生じてくるのだ。
というのも、これは考えればおわかり頂けるであろうが、
フッ素や臭素、といった個々の元素
と
ハロゲン等の包括概念
とは、異なる階層の概念として存在するからである。
(例えば、ミカン、リンゴ、野菜、という3つの概念は、前者2つと後者1つで階層が違う、と説明すればわかりやすいであろうか)
これらの「異なる階層」のものを繋ぐときに「並びに」の力が必要となってくる、というわけだ。
この場合、上位概念どうしを結ぶ場合に「並びに」を用いるというルールがあるから、
上の例で言えば
フッ素、塩素、ネオン、臭素、及びヨウ素等のハロゲン:
ヘリウム、ネオン、アルゴン、アルゴン及びキセノン等の希ガス:
リチウム、ナトリウム、カリウム及び等のアルカリ金属:
並びに
カルシウム、ストロンチウム、バリウム等のアルカリ土類金属:
という繋ぎ方となる。
なお、「複数階層の概念が三種類以上存在する場合」というのもあるが、
この場合は、最も上位の概念どうしを繋ぐ場合にのみ「並びに」を用いて、
それ以外は「及び」を用いる、というルールとなる。
例えば、以下のような例が好適であろう。
フッ素、塩素、ネオン、臭素、及びヨウ素等のハロゲン:
及び、ヘリウム、ネオン、アルゴン、アルゴン及びキセノン等の希ガス:
を用いて、Aを処理する工程、
フッ素、塩素、ネオン、臭素、及びヨウ素等のハロゲン:
及び、ヘリウム、ネオン、アルゴン、アルゴン及びキセノン等の希ガス:
を用いて、Bを処理する工程、
並びに
フッ素、塩素、ネオン、臭素、及びヨウ素等のハロゲン:
及び、ヘリウム、ネオン、アルゴン、アルゴン及びキセノン等の希ガス:
を用いて、Cを処理する工程
(不活性の元素で何かを処理するということはできないので、
上の文章は厳密に言えばおかしいのだが、あくまで例示ということでご容赦頂きたい)
この文では、具体的な元素を繋ぐ接続詞と、
それらの塊を繋ぐ接続詞も「及び」となっているのがご理解頂けると思う。
(そして英語では、これらはどちらも「and」なのだ)
そのため、最後のようなケースが特許明細書を翻訳する場合に一番やっかいで、
物事の階層をきちんと理解できていないと、「及び」と「並びに」を使い間違えてしまう、ということになりかねない。
とにかく、「及び」と「並びに」は、特許明細書を含む法的文書では厳密に使い分けがされており、
その構造を理解するためには、例えば周期表における元素の所属であったり、官能基と具体的な化合物との区別であったり、がされていないといけないわけである。
今回の話は、以下の本でも分かりやすく解説されているので、必要に応じて参照されたい。
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