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特許翻訳者も、特許法や特許出願実務周辺の仕事についてのある程度理解しておいたほうがいい

Group of people on a business meeting

私は2015年の春から特許翻訳の仕事をしているので、もうすぐ丸5年、この業界に関わっていることになります。

 

そんな中、去年の夏にたまたま大型書店で見つけた、「化学・バイオ特許の出願戦略」と「米国特許クレーム例集」を読んで以来(そのとき、直感的に今の自分に必要だ、と思って購入しました)、「特許翻訳者も、翻訳だけでなく特許出願の流れや、それに関係する翻訳以外の仕事、あるいは特許法そのものについて理解しておいたほうがいい」と思うようになりました。

 

今回は、このことについて自分なりの考えをまとめたいと思います。

 

特許翻訳者の仕事は、あくまで「翻訳」

最初に断っておくと、特許翻訳者の仕事はあくまで、「翻訳」をすることだと考えています。

 

それは何も、「翻訳とは直接関係のない仕事を、翻訳者に無料でさせるべきではない」(例えば、図面に記載されている言葉のどれを翻訳する必要があるかを判断すること、であるとか、翻訳文(=明細書の翻訳資料)を出願書式のテンプレートに当てはめて納品する、とかの、「翻訳」ではない作業はする必要がない/翻訳者が対応する必要があるなら、別途作業量を発注側は払うべき)、という話に限りません。

 

他には、「請求項に書かれている内容の新規性や進歩性を判断する」とか、「権利範囲を考えると、明細書の記載内容を変えたほうがいいのではないか」という問題もあるかと思うのですが、仮に翻訳の仕事をしていてそういうことを思うことがあっても、それは「翻訳者の仕事ではない」(弁理士や特許技術者の仕事です)ので、そういう内容について口出しをするのは、翻訳者の役割ではないでしょう。実際、請けている仕事の中には、「技術的な進歩性や進捗性、あるいは権利範囲に関する申し送りをする必要はありません」という指示が出るものもあります。

 

 

では、役務の内容や範囲を鑑みた上で、なぜ「特許翻訳者も、翻訳以外の特許実務や特許法について理解しておいたほうがいい」と考えるのか、ということですが、

①特許翻訳という仕事が、「知財業務」の一環である(1つのプロセスでしかない)ことを理解するため

②より上流で仕事を行える可能性が高まるから

③「翻訳」という枠を超えて、知財業界で別のポジションや役回りを確立できる可能性が高まるから

という、3つの理由を考えています。

 

以下、順に解説していきたいと思います。

 

特許翻訳という仕事が、「知財業務」の一環であることを理解するため

駆け出しの頃の私がそうでしたが、「特許翻訳」というのは、渡された明細書の英文や日本語文を、対応する言語に翻訳する仕事でしかない、という認識で、とにかく仕事を締め切りまでに終わらせる、ある程度のクオリティを担保する、自分がよく理解できていない技術分野について理解を深める、ということを意識して、とにかく仕事をこなしていく、というスタイルでキャリアを始める方が多いのではないかと思います。

 

もちろん、「特許翻訳」というのはそういう仕事だと言ったほうが事実に近いですし、実際にこの仕事に携わっている人の8割方はそういう認識を持って仕事に向き合っているかと思います。

 

が、「特許翻訳というのが、特許出願における数あるワークフローの中での、1つのプロセスでしかない」ということを知っていなければ、結局自己中心的に仕事に向き合えなくなるのではないか、と思うわけです。

 

端的に言うと、特許出願の目的は、「特許を取得したい企業が、適度な範囲で権利を抑えて、かつ同業他社などからのツッコミにも耐えうるだけの強い特許を取る」という、企業の権利を抑えて、かつ守ることです。

 

ということは、その企業(普通は「クライアント」と言うでしょう)にとって、最適解は何なのか、ということを、特許出願を行う会社(特許事務所や知財会社)は考えて、そのクライアントの手続きを進める必要があります。

 

ですがここで、仮に「明細書の翻訳」というのが、原文を訳文に変換することだとしか考えていなければ、どうなるでしょうか。私もこれまで300件以上の明細書に仕事を通して触れてきましたが、どうしても納期と処理ボリュームのことだけを考えて、仕事での「及第点」を確保し続けることを第一に考えてしまい、次は「今月どれだけの稼ぎがあるのか」ということに意識が行ってしまうかと思います。

 

しかしそういう仕事だと、大元のクライアントの意向がどうなっているのかも分からず(まあ、リモートで仕事をしていると、そこまでコミュニケーションも取れないと思いますが)、仕事自体をそのスタイルで続けることに、飽きてしまうのではないかな、と思います(正直私は、この5年間でそういう「飽き」は何度も経験しています)。

 

ですが、少しでも特許法(日本の特許法や米国特許法など、一国のものにとどまりませんが)を理解することで、各国での(あるいは国際)出願を意識したクレームの書き方やリライトの仕方を(自分が翻訳者という立ち位置で、実践するかはさておいて)勉強することができます。

 

また、中間処理文書の翻訳をする、という場合であれば、明細書作成(請求項の起草)→出願→修正(補正)→訴訟、といった、一連の流れを知っておくことで、元となる明細書や権利を侵害していると言われる明細書を調べることができます。そして、その企業や分野についての理解も、単に翻訳をしている時よりもより深まると思います。

 

実際のところ、いくら明細書の翻訳をしているときに、他の類似明細書を調べたとしても、どこが似ていてどこが違っている、なんて判断は一翻訳者の素人判断である、ということを理解すべきです。

 

私も、つい最近「異議申立書」に関する仕事を担当しましたが、発注企業側からすると、こういう仕事は同じ担当者に対応して欲しいのではないか、と思います(だって、一連の出願業務をワンポイントでいちいち対応していると、それまでの流れが全く理解できないわけですから)。

 

以前ある方から教わったことに、「知財業務を対応する会社としては、訴訟手続きに関する仕事(いわゆる中間処理関連の仕事)は、同じ担当者に社内で処理してもらいたいのが本音」というようなことがあります(文面はそのままではありません)。

 

「フリーランスに対応してもらいたい仕事は、社内で捌くにはあまりにも難しい仕事か、社員にさせるには安すぎる仕事(=外注に安く対応してもらうほうがコスパがいい仕事)か、の2つ」なんてことも言われますが、これまで対応してきた特許翻訳の仕事のほとんどは、恐らく後者に属するものではないのかな、と私自身は思っています。というのも、取引先からも「内容を翻訳してくれればOK」とか、「体裁に気を付けて下さい」といったような注意事項しか受けず、その取引先自体が、内部に知財の専門事業や専門家を揃えていない、「安値で横流し」のスタンスで仕事をしているんだろうなあ、ということが、なんとなく透けて見える経験を何度もしたことがあるからです(あくまで個人的な所感です)。

 

もちろん、そういう仕事でも稼げればいい(私も、ひと月で60~100万円ほど稼いだときも何度かあります)、という方であれば問題ないし、むしろ続ければいいと思うのですが、私自身はそういう仕事に「飽きて」しまったのも事実で(大型ボリュームの案件って、中身の多くが繰り返しなので、いくら新しい内容を学んでも、どうしても作業っぽくなってしまう時間が多いです)、新しいことを取り入れるには、知財業務の他の仕事や、特許法を理解していって、対応分野を広げるようにするのが方向性としていいではないか、と判断した結果、ということです。

 

5年も同じ仕事をしていると、自分から変化していかないと新しい環境には身を置けないし、新しいことにも取り組めないと思いますね。

 

なんだか、最初の趣旨とは違った結論になっていますが、まあそれはそれでいいかな。

 

より上流で仕事を行える可能性が高まるから

「より上流で仕事を行える可能性が高まる」というのは、知財業務を一通り社内で抱えている(であろう)、特許事務所といった、(翻訳会社より)上流のクラスターと仕事ができる可能性が高まるだろう、ということです。

 

私は今のところ、あくまで「明細書や中間処理書類の翻訳」の仕事をリモートでしているだけですが、本当にクライアントの意向を考えて、適切な明細書とクレームを作成して、出願後の権利保護まで一貫して対応する所と仕事をするのであれば、リモートでできる仕事というのは、案外限られるのかな、とも思います。

 

私自身も、そういう環境で仕事をするのであれば、定期的に取引先に伺ってきちんと対面で話がしたいですし(それだと、フリーランスではなく社員になったほうが合理的だとは思うのですが)、そうしないと、クライアント、特許事務所、外部協力者、といった三者の意向も擦り合わせできないですし、リモートで仕事をするとしても、Skypeなどを使ってビデオ会議はできるような環境を構築しておきたい、という想いもあります(知財業界で、そういうスタイルでの仕事ができるかどうか、という現実的な問題は別にあるかと思いますが)。

 

「翻訳」という枠を超えて、知財業界で別のポジションや役回りを確立できる可能性が高まるから

これも、ある方から聞いた話ですが、知財業界では「翻訳者」の立場は低くて、やはり権限があるのは弁理士や特許技術者なんだそうです。

 

特許事務所内で仕事をしたことがない私がいうのも変かもしれませんが、そう考えると、「特許翻訳者」という立場で関われる仕事には限界があって、それに満足できないのであれば、弁理士になるなり、どこかの事務所に入所をして、そこでバリバリに仕事をするほうがいいのではないか、とも思います。クレーム起草の段階で、出願国の制度を考慮した翻訳文を用意することができる、くらいのスキルを持って仕事ができたほうが面白そうだな、と、最近はなんとなくイメージで思っています。

 

 

まとめ

上記内容がまとまっていないことを承知で公開しますが、特許翻訳の仕事って5年くらい続けたら飽きがくるし(というか、同じことを続けていたらどんな仕事でもそうですね)、主体的に新しいことを学んで取り入れていかないと、お金は稼いでいるけど脳は死んでいる、みたいな残念な中年になってしまうよね、ってことです(お金も稼げていない、生ける屍であるよりは何倍もましですが)。

自分自身、知財業界でこれからどのように役回りをしていくかは適宜考えて、状況に応じて変化させていかないといけない、とは思っていますが、やはり、きちんとクライアントのことを考えて仕事をしている所とお付き合いできるように、自分のレベルを高めていく必要がある、というのは間違いなく言える結論です。

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